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もう終わったはずの旅行記ですがお土産編を書きました。

Q太くんやあんじゅくん達が紹介してくれたあなごの手ぬぐいの他に、
これも買ってきました。
マンタとジンベザメと桜です。
お土産1


らぶちゃんが見ているのは紅型(びんがた)のレターセット&メモ帳とポストカード。
紅型は沖縄の染色技法の名称です。

●黄色いのは「絹黄色地梅桜楓雪輪手鞠文様紅型袷衣装(きぬきいろじうめさくらかえでゆきわてまりもんようびんがたあわせいしょう)」といい、絹を黄色に染め、梅・桜・楓を鮮やかに描いた紅型衣装。雪の結晶や手鞠のような幾何学的模様が入っているのが特徴。

●ピンク色のは「木綿緋色地鶴に松皮菱流水菊文様両面紅型袷衣装(もめんひいろじつるにまつかわひしりゅうすいきくもんようりょうめんびんがたあわせいしょう)」といい、鮮やかな緋色に鶴・松皮菱・菊水などの日本的な模様が、琉球的な強い色調で隙間無く染められた紅型衣装。
お土産2
だそうです。漢字だらけで難しい名前ですねぇ。
付属のシールは琉球国王印がもちーふになってます。
あ!ポストカードが1枚逆さまでした~。
これじゃニモがモニになっちゃうわ。


らぶちゃんが「こっちの方が気になる~」って見ているのは食べ物のお土産。
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ここまでブログにUPしてきて、まず思ったのは「よく歩いたんだなー」ってことです。
毎晩足がぱんぱんだったことを思い出しました。

結局、お伴の写真は全く撮れませんでした。
ダッキーちゃんを連れて行かないで良かった~。
では沖縄最終日、といっても帰るだけなんですけど、行ってみよー!



朝、いつもと同じ時間に起床。
朝食のチャンプルーはゴーヤチャンプルーでした。
連日美味しい朝食を食べられて幸せ~でした。

ホテルのスタッフさんともお別れ。
丁寧なホテルマンはたくさんいるけれど、
このホテルの方はみんな温かい感じのする方ばかりでした。

那覇空港に向かう途中で気になっていた場所を撮影しました。
ホテルに戻るときに目印にしていた島袋スーパーさんの看板。
島袋スーパー

これを過ぎると、私がこの旅行で1番気に入ったものが現れます。
それは・・・
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今回の旅行で唯一ふれた沖縄の悲しい過去です。
子供の頃に映画で見た「ひめゆりの塔」など行きたかったけれど、
ここにしか行けませんでした。
この壕を見学したときのショックが大きくて、この日の夜は眠れませんでした。

アメリカ軍と戦うために沖縄にはあちこちに壕が作られました。
この司令部壕は小禄飛行場(現在の那覇空港)を守るため、
持久戦を続けるために作られた地下陣地で昭和19年に海軍設営隊により掘られました。
最高の軍事機密であったためにすべて軍人によって掘られたといいます。
現在は周辺は公園に整備されて、その一角に資料館と壕が公開されています。

公園内の慰霊塔。
慰霊塔

まずは資料館へ行くように言われたので行きました。
そこには発掘された遺品、目を覆いたくなるような写真が展示してありました。
軍医が妻に宛てた手紙には、当初は妻を心配させまいとつとめて明るい内容を書いていますが、
次第に死を意識しする内容に変っていきます。
最初から最後まで、生まれたばかりの娘に会いたい、声が聞きたいと書いてありました。


そしていよいよ壕へ入ります。
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1522年頃に作られた道路。
戦火を逃れた300mが現存しています。
日本の道100選の一つで真珠道(またまみち)の名を持ちます。
とても趣ある道でした。

首里城から少し歩くとこの石道があります。
静かな道を下り始めたら、どこからか三線の音がポロンポロンと聞こえてきました。

石畳1

ここのお宅には・・・
石畳2
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丘陵地に広がる国営公園で1992年に復元された首里城を中心に数多くの見所が集まっています。
こちらも世界遺産になっています。
首里城はいつ誰が作ったのかは不明ですが琉球王朝ができた1429年にはすでにあったそうです。
第2次世界大戦を含めて4回焼失しています。
※1429年に尚巴志(しょうはし)が各地に現れた豪族を統一。以来、日本政府が沖縄県を設置するまでの450年間、琉球王国として繁栄。

首里城1

守礼門。「礼節を守る国」と書いてあります。
首里城2
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